フォーエヴァーメモリーズ
記憶は時と言う研磨剤に磨かれて、どんなに痛くても、どんなに鋭い棘を持っていたとしても、いつか美しく輝きを放つ。
そして、ジェイド・カーティスの記憶の中には、齢30を超えた短くはない生の中でも、一際、輝くものがあった。
さほど古いものではない、寧ろ時期ごとに分類するとしたらこの上なく新しいものだ。
傷付いて傷付けて、歪で、それは決して美しいものなんかではなかった。
寧ろ醜いとすら言って良い。
過去の自分の過ちの証。愚かな己の罪業が形を作ったもの。
ジェイドの罪そのものの名前を、ルーク・フォン・ファブレと言った。借り物、贋物の名前だが、彼はそれ以外の名前を持たない。
他人の居場所を奪って生まれた、カッコウの子供。
けれど、何故だろう。
すべてを終えてこうして振り返ってみても、その記憶は決して色褪せることなく、きらきらと輝いている。それは誰に見せても、恥ずかしくないと言うほどに。
美しくはない。美しいはずがない。
それなのに、笑顔を思い出すだけで、この胸は温かくなった。
信じていたものに崖の淵から落とされて、奈落の底から這い上がっていく姿は無様で不器用で不恰好だったけれど、まっすぐで誠実でどこまでも裏表のない無垢な光だった。
仮初の命を持ち、だからこそ他人のたった一つの命さえ失うことを怖がって、最後まで自分の守りたいもののためにその存在を賭けていた。
自らの存在を否定され、いつだって不安そうに手探りで進む。自信がなくて、自分と言う存在があやふやで、泣き出しそうな顔をしながら、それでも両の足で立って生きていると主張し続けた、その光。
一時は心底失望し、やはり人間として不完全なものなのだとも思った。
けれど、生きて生きて、足掻いて、足掻いて。短い時間を急ぐように走って行った彼の姿は、確かに誰の目にも希望だったのだ。
人間がどこまで変われるのか。人間が、どこまで行けるのか。それを、作り物である彼がただ1人で示し続けた。それは完全な人間にだって、容易に出来ることでは決してないのに。
他人のために怒り、他人のために泣き、他人の命のために震える彼は、作り物の癖に、まるでジェイドよりもよほど人間らしかった。
駆けていくその背中を見つめる度に、不思議な感動がこの胸を満たした。
生まれた以上、命に完全も、不完全もないのだと。生きている限りそれは命だ。機能しているのなら偽りも真も関係ない。正しきも誤りもその存在の前では論じることさえ無意味だ。
この穢れた手が作り出したものが、決して、間違いではなかった、と言うこと。
誰が否定しようとも、本人の自尊心が欠けていようとも、オリジナルが否定しても。それは確かに、命だった。命以外のなにものでもないものだった。
傷付けることに怯えながら、傷付けられる者を気遣いながら、自身の手を血に染めて、それでも救えるものを信じて立ち上がり続けた。この腐りきった世界を、希望の光で塗り替えていく。
ジェイド・バルフォアの生み出したおぞましい技術の結晶が、この世界のひずみを一つ一つ正していく。
美しいものなんてない。今更美しいものなんて信じてはいない。
この世界に純粋なものなど存在しない。
それなのに。彼が笑って、名前を呼んで、手を差し伸べる。それだけで、嘘や欺瞞や嫉妬や欲望や、この世に蔓延る諸々の醜いものたちが、浄化されていくような気がした。
未だこの身を苛む後悔の影が、洗い流され、清められていくような気がしていた。
何のことはない。結局、彼自身の罪の証が、彼自身の罪を贖ったのだ。
レプリカの技術は命の尊厳を無視した忌まわしきものだけれど。それによって生まれた彼の命が、本物よりも劣ると言うことではない。
いや、それを言えば、多くの命を救うためにその命すら捧げようとした、まだたった7歳のあの子供は、このオールドラントにとって何よりも価値のある命だ。
彼を幽閉し迫害したこの世界は、きっと彼の命を犠牲にするほど、彼にとって優しいものではなかったのだろうに。
最後の一仕事を終えて、彼は消えてしまった。もう二度と、戻っては、来ない。
けれどいつの日か、会えるような気もしている。
あるいはそう思うのは、私が彼に、会いたいと、思っているからか。
いつかの日、サフィールと交わした会話が蘇る。
「……記憶は残るのですよ」
「いえ、記憶しか残らないんですよ」
ルークが無事に生きていけるだけの確証が、探せば探すほど潰えていくようで、あの頃のジェイドはただただ焦って、そして諦め始めていた。
理論がすべてだ。理論よりも正しいものなんてない。彼の結末は確定事項だ。
けれど感情は彼の生存を信じたがっていた。そしてそれが叶わないことも、彼は過ぎるくらいに知っていた。
天才と呼ばれるほど聡明なジェイドの頭脳は、自身が希望に縋ることさえ許しはしなかった。
彼とともにあった記憶は、確かに残るだろう。それは誰の胸にも残存し、いつか薄れていく、彼が生きた証の残滓。そう、不確かな残り滓なのだ。
形のないものなど、残ったところで意味はない。いつか消えてしまう。せいぜい彼の名前を冠した橋が、彼の生きた何よりの証か。
……けれどここに、確かにあるもの。
これは形を持っていない。
美しいのか醜いのか、視認出来るものではない。
どのような形なのか。触って柔らかいのか硬いのか、冷たいのか温かいのか。そもそもそんなことを考えることすら嘲笑に値するほどの、何のカタチももたないモノ。
そんなものはないと同じだ、と、以前の自分ならば言ったかもしれない。
しかし、それは確かにここに存在すると感じた。理屈ではない。そう思うのだ。
何でも理詰めで物事を考えてきた自分が、こんな風に、思う、信じることがおかしいと思った。それでもここに、記憶はある。
いつか薄れて消えてしまうかもしれない、けれど誰かと共有して語らいながら永遠のものにさえ出来る、淡く儚く、それでいて強く生きているもの。
この記憶は、ジェイドが覚えている限り永遠だった。目に見えはしないけれど、その代わりに朽ちることもなく確かに存在し続ける。
時折思い出しては、悲しみに目を伏せ、痛みに眉を顰め、それでもずっとずっと多くのその日々の暖かさに、目が眩むほどのまばゆさと誇らしさに微笑む。
初めて出会った時のこと。(印象はお互い最悪だった)
下らない、色々な話をしたこと。(彼は本当に幼子のように物を知らなくて、その度に説明を強いられることは苦でもあったけれど、楽しくもあった)
彼に犠牲を強いたこと。(ルークの命を使うことを示唆したのはジェイドだった)
……それでも彼は笑ってくれたこと。(まるで最初から諦めていたような笑顔に、胸を痛められる立場ではないというのに)
この記憶はまだジェイドに若干の痛みを思い起こさせる。失ってしまったことを考えては、このまま取り戻せずに過ぎていく時間に、焦ることもある。
けれど、その機会を与えられるなら、例えもう一度失うとしても、ジェイドはやはり彼と過ごした記憶を望むだろう。
その記憶を得たことで感情を揺さぶられることがあったとしても、それと引き換えに得た多くのものが、ジェイドにその答えを選ばせる。
感情の揺らぎなどとうに乗り越えたと思っていた自分が、驚き、怒り、悲しみ、苦しんで……それでも微笑んで、すべての負の感情はしかし、いつでも喜びとともにあると、こんな血塗れの男を頼ってくれる小さな魂に教えられた。
どこまで行っても自分は人間であり、そのことが、そんなことが、とても嬉しかったから。
『俺……俺だって、レプリカを作れる力があったら、同じことしたと思う……』
自分と同じ優しさや情が当たり前のように他の人間にもあると信じる、まっすぐな瞳を思い出す。あの瞳に見つめられたら、悪いことは出来ないな、と思った。
ルークは自分に技術があって、親しい人間を亡くしたら、レプリカを作ることを考えると思ったのだろう。
けれどジェイドがゲルダ・ネビリムのレプリカを作ったのは、ルークが思っているような慕わしさからではない。自分に技術があって……そこに、検体が「あった」から。尊敬する人間の代わりを作る……代わりを作ることが出来ると思う時点で、ジェイドは間違っていたのだ。
あの頃を思えば、消えてしまいたい、消し去ってしまいたいと思うほど恥じ入る。しかしそれでも、ジェイドはどこか人の死を遠くから見つめているようなところが、ずっとあった。
いつでも、死はジェイドにとってどこか現実感のないものであった。
けれど、ルークはまるで、普通の人間のようにジェイドを扱うから。
彼と話して、彼と肩を並べ、彼とともに戦い……死霊使いなどと言う不穏当な二つ名も気にしないで当然のことのように彼が、自分を普通の人間のように扱って、思い出したくもないほど愚かしい過去すら肯定して……今更何をと自分でも思うけれど、何故だかジェイドは、自分が変えられていくような気がしていた。
そして、それは決して不快なものではなかったのだ。
それを思えば、やはり、体のどこかに、ぽっと熱が燈る。孤独な夜にも、知らず体のうちからぬくもるようなそれ。
喪失は喪失。その本質は変わらないけれど、笑顔を思い出せば自分も微笑むことが出来た。はにかんだようなあの笑い顔を、また、見たいと素直に思う。
真摯な眼差し、おずおずと見上げる緑色の瞳、まっすぐな言葉と、弱いけれど強いこころ。
今も昨日のことのように思い出せる。笑って怒って泣いて、あの日々の中で、ルークは確かに生きていた。
ジェイドの目の前にいつでも立っていたのは、確かに人間だった等身大の1人の少年。
もう一度会いたい、と、素直に思う。
ジェイドの胸の中で、その記憶はなにものにも負けず、けれど他のなにものの存在をも脅かさずに淡く輝くもの。
こんな不明瞭で、しかし確実に存在する胸中のともしびを、ガイだったらなんと言うか。そう考えて、ジェイドはいつになく優しい顔で、ちょっとだけ微笑んだ。
短い旅の間で、随分と感化されたらしい自分がおかしい。ピオニーが聞いたら笑われてしまうだろう。
けれどガイが何と言うか考えたら、なんだか無性にあの好青年の顔を見たくなった。
きっと彼は快く受け入れてくれて、そして、あの赤い髪の子供の話しをするのだ。
そう、これは……思い出。
ende
……これでも本人は一応大真面目にジェイルク、のつもりで書きましたジェイド独白文。
正直ジェイドが乙女過ぎた(笑)
でも良いんじゃない?乙女でも。と何か途中から吹っ切れた。
相手が7歳児なんだから少しくらい乙女にならないと付き合ってられないと思うんですよ!!!(どんな理屈)
ジェイドはなんとなく、リアリストなロマンチストって言う印象があります。他の人みたいに安易な逃げ道を用意出来ないけど、希望を持ってしまう、みたいな。
何と言うのかな。不器用そうな感じがする。
ガイみたいな明け透けな好意の示し方も出来ないし、なまじ頭が良いから立ち回り方が上手くて器用だと誤解される、人に愛される要素が少ないところが不器用そうと言うか。そういうところが好きです。
でもね、ルークといる時のジェイドは、すごく人間らしく見えたから。
アブソーブゲート突入前夜のイベントで、ジェイドが「あなたのそういうところは私にない資質です。私は……どうも未だに人の死を実感できない」って言うでしょう。この台詞にしみじみと「彼は本当は素直で正直で不器用な人間なんだなぁ」って思ったんですよ。
でもジェイドは、きっとルークの消失に思うところがあった。多分。コンタミネーションイベントの彼の必死さを見て、やっぱり私は、ジェイドは失うことの意味をきちんとリアルに受け止めていると思った。
ルークと接することで、ルークを失うことで、ジェイドの中に、決定的な変化があると思った。
別れは、悲しいです。でも私は、最後に帰って来た「彼」はアッシュなんだと思っています。悲しいことだけど、そうなんだろうと思う。でもどこかでジェイドがルークと会うことが出来れば良いと思うし、失ったとしても彼が得たものは消えないと、思いたい。
とか色々と、自分で言ってても良く分かんないことを考えて、書いてみました。
お手数ですがブラウザバックでお戻り下さい。