fundamentalsテキストサンプル(琴海歌鈴さん)




 仕事における全幅の信頼は、必ずしも色恋に直結するとは限らない。寧ろ、対極だ。固く結ばれた信頼は安定する。けれど恋は、いつだって不安定だ。安住の心地良さを私達は、知ってしまっている。そして、不安定の中にありながら、時折、まるで奇跡のように通じ合ってしまう瞬間が、それを上回る美味だと知っているからこそ、貪欲な欲求に抗えない。肩書きを背負えばクリアになる意志も、それを外した途端に、不思議な程、見えなくなる。だからこそ、証を求めてしまう。隊長、副隊長という肩書きだけでは満たす事のできない、特別、という名の証が欲しくなる。振り回し、振り回されながら、それを手に入れようとする私と、求めるからこそ、踏み出せない七緒。共通点は、甘え方を知らない事。私は甘えすぎ、七緒は甘えられない。探るしかないのだ、と思う。手探りで、時には体当たりしながら。そして、失敗した私は今、途方に暮れている。窓の外では日も暮れ始めていた。冬の夕刻は短く、瞬く間に夜の帳を下ろしてしまう。
「ところで、今晩泊めてくれない?」
「お断りします」
 唐突な私の頼みを、七緒はあっさりと却下した。
「なんで」
「乱菊さん、絶対呑み散らかすじゃないですか」
 こんな時に呑まずにどうする。と、私は思うのだけれど、七緒は違うようだ。同じなのは、あくまで女の部分だけらしい。分かりきった性格の相違を、今更論じても仕方がない。
「じゃ、ここで……って訳には、流石にいかないか」
 当然だと言わんばかりに、七緒は頷く。主の不在で七緒が帰宅してしまえば無人になってしまうこの部屋に、寝泊りなどできる筈もない。私が逆の立場でも、それは断るだろう。けれど、身を寄せる宛てがなくなってしまった。一人の部屋に帰る位なら、いっそどこかの店で夜を明かしてしまおうか。
「淋しいなら、帰ったらどうですか。好きなんでしょう?」
 日番谷隊長が。向けられた視線は、その名を告げる。好き。久しぶりに耳にした、その直接的な言葉は、胸の奥をくすぐった。
「好きよ」
 甘いなあ。口にして、私はしみじみ思う。たった三文字の言葉は、舌を蕩けさせる程に、甘い。押し殺したような声が、鼓膜を震わせる時に感じる甘さは、その比ではないけれど。
「意地っ張り」
 細められた七緒の目は笑っている。胸中を分かち合った詰り合いの心地良さは、女同士の特権だ。
「お互いにね」
 返される言葉が分かっていただろう七緒は、肩を竦めて見せた。そして、楽しい時間に区切りをつけるかのように、机に広げていた書類を一つに纏め始めた。

ブラウザバックでお戻り下さい