54.夜が明けたら・・・・・始まりですね。








 夜九時半。
 ハンガー内に響くゴウンゴウンという音の中、壬生屋は一人で一番機の能力アップに心血を注いでいた。
 明日、熊本城攻防戦が決行される。
 泣いても笑っても、一番厳しい戦いになると言われている戦いが。
 壬生屋は何かを振り切るように頭を横に振った。
 邪念を払い、心を落ち着けねば。
 けれど心にかかる僅かな怯えは消せない。四肢の細かな震えも、一向に治まってくれはしなかった。
 時々コンピューターを操る指先が乱れて、酷い結果を出す。
 その耳に、エンジン音を掻き分けて声が聴こえた。
「俺の恋人は働き者だなぁ。就業時間が終わってとっくだってのに、まーだ残ってたのか」
 振り向けば、瀬戸口隆之が笑いながら立っている。
「隆之さん……!?」
 何故ここに。
 オペレーターである彼には縁のない場所である。
 不思議そうな顔をする壬生屋に歩み寄り、瀬戸口はその手をとった。
 カタカタと震える指先を、彼の大きな掌が優しく包む。
 それだけで、一人ではどうしても止められなかった身体の震えは止まった。
「明日に響くぞ……もう休もう」
 優しい声だった。
 けれど、有無を言わせない力があった。
 体力の低下はそのまま戦争の行方にも繋がる。
 それは承知だと、壬生屋は頷いた。
「ええ……分かっています。パイロットは身体を休めることも仕事だって。でも……」
 ふっと蒼い瞳が翳るのを、瀬戸口は覗き込むようにして見守る。
「何?」
「このまま帰っても、眠れなさそうで……頭では分かっているのに気が昂ぶって落ち着かないんです」
 明日……明日できっと、事態は大きく変わる。
 それが良くなるか悪くなるかは、まだ、誰にも分からない。
 そしてその一端の大きな部分を、片翼を、壬生屋が背負っているのだ。
 不安にならないはずがない。
 プレッシャーを感じない……訳はなかった。
 どこまでも生真面目で頼ろうとはしてくれない彼女に、瀬戸口は小さく笑う。
 男に容易に頼らない不器用なところが好きだから、まあ、仕方がないんだがな、と。
「……なあ、どうせ眠れないのかもしれないならさ、俺んちに来ない?」
「? 隆之さんのお宅へ?」
 きょとん、と首を傾げたあと、女が男の家へこんな夜間に行くという意味に思い当たり壬生屋は顔を紅く染めた。
 瀬戸口と壬生屋は恋人同士だ。当然、そういうことに……ならないにしてもそもそも同じ空間にいるだけで気まずいに決まっている。
 しかしここで何か口走れば大体見当外れの恥ずかしいことを言ってしまうと好い加減学習した少女は、恋人と目線を合わせないようすすぃ〜っと視線を下に下げて押し黙るに止めた。
 ぼばっ、と耳まで朱色になってしまった壬生屋のその耳元へ、瀬戸口が人の悪そうなにんまりとした笑みを近付ける。
「うん、ほら、最後かもしれないだろ? だから」
「な、なななな何が最後ですか!!」
 壬生屋の気も知らず、いや、十中八九知っていて、瀬戸口は意味深長なことを言う。
 それにやはりうっかりと、壬生屋は反応してしまった。
 最後の夜、と言う意味だとしても口にしていいことではない。
「疾しいこと」
「隆之さん!!!」
 不謹慎ですよっ!
 最後だなんて、そんなことを口にするのは良くない。
 言霊なんて信じてはいないけれど、本田が言っていたように、戦争は想い出が、気持ちが勝敗を決するのだから。
 むきになったかのようにやっと視線を合わせた壬生屋に、瀬戸口は優しく微笑んだ。
「冗談。最後にするつもりなんかないよ。……おまえさんの子供の顔を見るまではな」
 誰一人失わずに、必ず生きて、乗り切る。それは決意だった。
 急に向けられる優しく真摯な眼差しに、壬生屋はうろたえながら頬を膨らませる。
「もう! そういうの、ズルイです!!」
「で、来る? 来ない?」
「……そういう訊き方がズルイんです」
「決まり、だろ?」
 にっこりと、笑った顔。
 その顔が、その声が、その手が、全てがズルイ。
 けれど……ズルイからこそ好きで、好きだからこそズルくて。
 この顔も、この声も、この手も、これからもずっとずっと、気が遠くなるくらい未来まで大切にしたいから、壬生屋も決意した。
 わたくしも、最後になんて、絶対しないと。



 瀬戸口の数少ない食器の中からカップを使って、壬生屋はコーヒーを入れた。
 暖かい湯気が薫る。
 それをのんびりと口に運びながら、壬生屋は先ほどよりも柔らかい瞳で瀬戸口を見た。
「夜が明けたら……始まりですね」
 終わりの日であり、始まりの日にすると決めたその日が、夜明けから始まる。
「ああ」
「今までで、そしてこれからの中でも一番厳しいと教えて頂きました」
「負けると思うか?」
 壬生屋の、弱々しさが微塵も見られなくなった凛とした声に、瀬戸口は試すかのように軽い調子で訊いた。
 それに、壬生屋がふっと頬を綻ばせる。
 心の重荷をどこかに置いて来たような、晴々とした表情で。
 幾度も死線を乗り越え勝利してきた、自信の溢れる表情で。
「いいえ、決して。ここを乗り切ることが出来れば、戦争が終わるまで生き残れるだろうと思っただけです」
 厳しい戦いだからこそ、この局面を立派に乗り切ることは力になるだろう。
 決して負けない。
 そう決めた。そうなるべく今まで生きてきた。
 戦う為に特化した自分たちの、それを未来への架け橋にしなければならないのだ。
 壬生屋の覚悟に瀬戸口はいつもどおりの笑みを浮かべてみせる。
「いい覚悟だ。大丈夫、おまえさんは俺が絶対守るし、俺のこともおまえさんが守ってくれるんだろ?」
「……オペレーターなのに?」
「オペレーターだからさ。おまえさんの命の保証はしてやるよ」
 俺の美声にかけてな。
 笑う瀬戸口に、壬生屋も笑った。
「はい。わたくしがお守り致します。ですから……明後日の夜明けも一緒に見ましょう」
 にっこりと微笑む恋人に、瀬戸口は一瞬瞠目する。
 何と答えたら良いか、感極まって瞳が揺れた。
 失くしたくない、亡くしたくないんだ、もう二度と!!
 そうだ、だからこそ戦うと決めた。
 失くすことを嘆くより出会ったことで喜びたかったから、だから戦うのだと、決めた。
「……俺の恋人も随分大胆になったもんだよな」
 苦笑してみせると壬生屋は顔を真っ赤にする。
 前を向いている凛とした眼差しは誰よりも強く、自分のたった一言で照れて赤面してしまう頼りなさは、どこまでも愛しい。
 そうだ、笑って……運命の日を越えたいから。



 熊本城決戦。
 どの隊も辛酸を舐めたこの戦いを、5121小隊は絶望的とも思われる戦況の中果敢に戦い抜き、見事全員ラインオフィサーからテクノオフィサーに至るまで生還を果たした。
 その際3番機パイロット二名が絢爛舞踏賞受賞。
 この受賞を境に、戦争は終結の道へと歩みだすのだ。
 そして……新たな伝説が生まれる。



ende

 お題を見た時からこれを使いたくて書いた話です。
 いや、これを書きたくてお題を借りてきた、と言うのが正しい。
 ので、本望です。
 続くって言ったくせに長々とお待たせしてすみません。
 いつもだったら「誰も待ってないし!」と思っているのですがこれの続きを気になると仰って下さった方がいらしたので、本当に平身低頭にすみません(汗)!
 こんな感じでハッピーエンドです。
 瀬戸壬生は裏設定も考えると幸せにならなくては我慢出来ない性質なので、恋人設定でほのぼの幸せそうな未来を目指してみました。
 私、何度も言いますけど瀬戸口の「壬生屋」呼びと壬生屋の「瀬戸口くん」呼びが大好物なのですが、今回は恋人なので名前で呼ばせてみました。
 ……って、呼ばせ方間違ったりしてないかな?
 と確認の為に読み直してみたら、瀬戸口一度も壬生屋を名前で呼ぶ場面がなかった(笑)。
 あと、瀬戸口の言動とかにいちいち惚れ惚れしちゃう壬生屋さんが凄い書きやすいのでいつもこんな描写書いてる気がしますが、瀬戸口の顔と声と手に彼女もかなりの思い入れがあるようです。
 そして瀬戸口は壬生屋の瞳と髪に並々ならぬ思い入れがあります(当サイト基本設定:笑)。




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