きみと歩いてゆく







「朽木に同行する現世の道行に、立候補した」
 背を向けたままかけられた上司の言葉に、松本は一瞬思考も静止したように黙り込み、珍しく戸惑うような、うろたえたような視線を向けた。
 それを痛いほど感じながら、一度だけ唇を強く噛んだあと、日番谷は振り向く。
 つ、と流した視線は、凍りつくような激情を思わせた。
 けれど、それでも声は静かに。
「……おまえは、ついてこい」
 それなりの勇気と覚悟を持って吐いた台詞だった。
 ひゅ、と松本が息を呑む。
 彼女が躊躇し口を開かない理由を、日番谷は恐らく正確に理解出来た。
 それを責めようとも思わないし、何が良くて悪いかの判断は、そこに因らない。
 ただ、日番谷は彼女の答えを待つ。
 真っ直ぐ射るように見つめる日番谷の視線をやはり真っ直ぐに受け止め……暫くしてから、松本は溜息を吐いた。
「隊長副隊長が穴を空ければ、十番隊業務に支障をきたしますよ」
 言葉は諌めるような軽いもの。しかし静かな、巫山戯ている時には聞かせない落ち着いた真面目な言葉。
 日番谷はその声に是とは言わなかった。
「うちのモンはそんなことで動かなくなるような鍛え方はしちゃいねぇ」
 言葉には、部下に向ける信頼の情がありありと現れている。
 第一、日番谷は既に彼女に対し命令していた。
 それに対し意見したのは松本の主観と言うだけで、結果が変わる訳ではない。
「……了解、致しました」
 頭を下げた松本の表情に、刹那、苦い色が走ったのは、日番谷の見間違いではないだろう。
 分かっている。分かっていて、試すような真似をした。
 総隊長にこの話を提案された時、断わろう、と思ったのだ。
 自分よりもあちらに縁者のある二番隊の砕蜂の方が適任であろうし、第一、気になりはするが、関わりたくないと忌避する気持ちがなかったと言えば嘘になる。
 日番谷は今、現世の騒動に関わりたくなかった。
 もっと言えば、市丸につながるかもしれない出来事に出来る限り無関係でいたかった。
 けれどそれも出来ないことを、良く知っていた。
 放っておけはしない。
 何より松本の心に傷を残して去ったあの男のことを、日番谷自身が追いたいと思っている。
 逡巡は恐らく一分にもならなかった。
 問題は総隊長の元を去ったあと。
 心をよぎったのは、言うまでもなく松本のことだった。
 松本は、会いたいだろうか。
 会いたいのなら、会わせてやるべきなのだろうか。
 日番谷の心を葛藤が襲った。
 いつでも、松本の望むようにしてやりたいと願う思いと、このまま触れなければ傷もなかろうという思い。
 そして……二度とあの男に近付いて欲しくはないという僅かな、ほんの僅かな嫉妬と焦燥。
 まさかそこまで小さい男であるとは、自身でも思いたくないのだが。
 む、と眉間に一層の皺を刻んでから……自嘲じみた笑みを浮かべ、自らの額を拳でぐりぐりと押してならした。
 日番谷は松本を好きだ。
 好きだからこそ、当然他の男には譲れないと思うし、傷付くことからは守ってやりたいと思うのも道理。
 けれど松本は、雛森と自分の問題に一度も私情も意見も挟まなかったのだ。
 誇らしいと思う。
 普段はどれほど巫山戯てみせていても、平然とした顔でありのままの日番谷を受け止めてそれを殊更に知らそうともしない彼女のことを、誰よりも、何よりも。
 それは彼女が自分に寄せてくれる信頼に他ならない。
 だからこそ。
 あの、女にしておくのは惜しい毅然とした性質と、時々弱くなってしまうすべてを守るなら、囲いで囲っていては、前には進めないのだから。
 一番隊へと踵を返し、日番谷は現世への松本の同行を決めた。
 総隊長は一度も異を挟まず、出来る限りの力添えを約束してくれた。
 これから二人で歩むであろう道を見据える瞳は、迷いを消し去ってひたすら真っ直ぐ。
 道の途中で会うかも知れない困難にも、負けないという思いで。
「決まりだな。ああ、期間中の仕事は三席以下で処理できるものを頼んでおいたから安心しろ」
 誰にも見せない優しい瞳で見つめれば、松本は微笑んだ。
「抜け目ないですねぇ。ま、面白そうですし、ともに参りましょうか」
 その微笑みは困ったような、泣き出しそうな、それでいて嬉しそうな……複雑な色を湛え、平生から美しい彼女の容貌を、より一層美しく見せている。
 凍った水のように透き通った瞳は今にも潤みそうにいきいきと光り、唇はふっくらとそれでも両端を上げ美しい弧を描き。
 それは、叫び出したいほど大切で愛おしいもの。
 この視線がいつでも前を向いていられるように、力を貸すのが自分の役目なのだ。
 松本が、日番谷がいつでも万全でいられるよう支えてくれると言うのなら、逆に彼女が手を回せないその背中を、補ってやるのが。
 男として、そして上司として自分が出来ることなのだ。
 ――たとえ、歩く道に何があっても。





Ende



 えへ。
 久しぶりに日乱で本誌に従ったシリアスが書けました。
 とゆーのもみなとさんがこんな私なんぞに下さったギン乱小説を読んで、ほのぼので誤魔化したものじゃなく、こういうかっちりとした原作に添ったギン乱日が書きたいなぁ。と思ったからなんですが。
 何で十番隊主従だけ二人も来ちゃってんスか!!!
 とゆーツッコミを自分なりに解消したかったというのもあります。
 現世に来ているメンバー、正直ルキア以外「ど、どんな基準!?」って人ばかりじゃないですか。日番谷くんなんてどう考えても高校の制服はあれだし、つーか制服でコスプレしなきゃいけなかった意味も分からんばい(何故熊本弁)。
 そんなこんなで、言い訳がましいものを一つ(笑)。
 タイトルはなんとなーく「白鯨伝説」のオープニングっぽいイメージで考えたんですが、ふと気付けば谷山浩子っぽい(笑)。

 レイアウトはtippiさんの配色ソース「蓬」をお借りしております。




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