The world with love
「なーなーなー、後生やから、明日、休みにしたってよ」
十番隊隊首室備え付けの机にだらーっと腕を預けながら、市丸が言った。
それに対しこめかみに青筋を立てながら、答える声。
「な、ん、でッ、俺がおまえの休みをとってやんなきゃなんねぇんだ!? 管轄違いだろーが!」
「は? や、ボクやなくて……厭やなぁ、分かっとるくせにィ」
「分かんねぇよ! ってか気色わりィ喋り方するんじゃねぇ!」
これが、戸を開けた瞬間、松本の耳に飛び込んできた会話だった。
(恋人同士みたいな会話)
思っても、怒られるから口にはしないけれど。
「ただいまー」
まるで自室のように声ひとつもかけずに入室し、両手で抱えた書類の束を日番谷が座す椅子が収まった、市丸が腕をついている机にどさ、と置く。
日番谷は片手を上げて答えた。
「おう、お帰り」
その受け答えに市丸がほんの僅かに眉を動かす。
しかしすぐにいつもの感情が読めない笑みを浮かべた。
「乱菊、お帰りー」
「て言うか何で市丸隊長ここにいるんですか?」
ここ十番隊なのよ?
松本の思いがけない攻撃にがくりと大袈裟に市丸は日番谷の机に突っ伏す。
その拍子に日番谷が処理していた書類が多少ぐしゃと嫌な音をたて、日番谷が「あ、てめッ!」と声を荒げたが、頓着しない。
「いたってええやんかー」
「いちゃ駄目なんてあたし言ってないけど」
正しくは十番隊にいてはいけないと言うよりも三番隊にいなければいけないと言うべきだろう、と副隊長である吉良の苦労を思う。
あの子今頃泣きながら探してるわよ。
「何でって……明日ボク、誕生日やろ? だから、明日乱菊休みにしてって頼みに来たんや」
日番谷はこっそりと「なんでテメーが誕生日だと松本が休むんだ」と頭の中でツッコミを入れた。
悔しいから俺の口からはぜってー言ってやんねぇ。
むすっと口をへの字に曲げている上司に松本はちらりと視線を寄越し、溜息を吐く。
「言ってないんですか?」
「何をだよ?」
「分かってるくせにィ」
「分かんねっての!」
同じような口の利き方するんじゃねぇよ!
松本は怒鳴る声に苦笑し、市丸に肩を竦めてみせた。
「……あのねギン。あたし明日、休みとってるわよ?」
こんなギリギリで言いに来なくても。
意識したように名前で呼ばれ……市丸は僅かに固まったあと、日番谷を振り返る。
不機嫌そうにいつもよりも更に眉を寄せている顔。
「……もっとはよ言うてよそういうのは」
「松本の休みだなんておまえ一言も言ってねぇだろ」
意趣返しにもならない憎まれ口も、気にならない。寧ろ可愛いものだと思ってしまう。
市丸の顔に、作っていない笑みが浮かんだ。
「ボクの誕生日、憶えてくれてたん?」
「忘れるほど薄情じゃないつもりだったんだけど。あたし、一度でも忘れたことあった?」
今更憶えてたも何もないでしょう。
何年付き合っていると思っているのか、と言う松本に、市丸は偽りのない微笑みを向ける。
これほど邪気のない市丸の笑みを見られると言うのはなかなかない経験だ。
吉良あたりが見たら腰を抜かすかもしれない。
日番谷にとっては主に十番隊の隊舎にてちょくちょく見かける表情ではあったが。
こういう顔が出来るなら出来るで、もうちょっとでも愛想良くしていたら彼のことを大切にしてくれる者など松本以外にも大勢出来るのではないか、と思う。
例えば、誕生日を憶えていてくれたりとか。
例えば、誕生日に仕事を休んでくれたりとか。
……日番谷などは「甘やかし過ぎだろ」と思うほど。
普段ふてぶてしくていけ好かないのに、子供みたいなことで沈んだり喜んだりするのだ。
「ところで何で、コイツの誕生日におまえが休まなきゃいけねぇんだ」
まあ、面白くはないのでムッとした表情で部下を見遣ると、二人はきょとん、と揃って不思議そうな顔をする。
その上市丸が投げ出すように腕を組んでうーん、と唸ったので、松本は困ったように苦笑した。
「え……と、念の為、かしら」
「念の為?」
「せや。あのなぁ……乱菊はボクの誕生日、毎年一個だけ言うこと聞いてくれんねん」
一個だけゆうのがケチやね。
人差し指を一本立ててみせた市丸の後ろ頭を、松本がべしんと音がするほど叩く。
どうでも良いが隊長格の頭をたとえ直属の部下でないと言っても平気の平左で叩くことができる女など松本乱菊くらいだろう。
「一個で充分でしょうが!」
「や、でもー、これは金がなかった頃の習慣やからそろそろ物でくれてもええやんて」
「だから、欲しいものがあるなら言いなさいよ買ってあげるから」
「乱菊に選んで欲しいんやろ」
て言うか買ってやるなんて男らしいこと他の奴に言うたら男出来なくなるで?
くすくすと笑う狐面に、松本は慣れたもので溜息一つで応えた。
「平気ですぅー、よっぽど嫁の貰い手がなかったら隊長が貰ってくれるもの。ね、隊長!」
「俺の嫁の来手がなかったらな」
「……いつの話になるんですかそれ」
「喧嘩売ってんのかテメェ」
ドスのきいた日番谷の声に、市丸と松本は二人で笑う。
そして、ふと思いついたというように松本が「そう言えば」と市丸を振り返った。
「結局明日は何して欲しいの。それによって予定も変わるんだけど」
また二人であたしの奢り飲み会でもする?
お財布が心配だけど、いっちょ盛大にやるのも良いかもしれない。
因みに、実はこの時朝から酒を呑んだ上、更に夜まで徹して酷い目に遭ったので、松本も市丸の誕生日には休みを入れることにしたのだが。
松本の言葉に、市丸は首を傾げてみせる。
「うーん、それもええけど……一日だけでええから、ボクがただいまって言うたらお帰りって言うて、ボクがお帰りって言うたらただいまって言うて。で、ボクがどっか行く時行ってらっしゃいて言うてくれへん?」
さっきみたいに。さっきの日番谷と松本のように。
自然にただいまと言われて、自然にお帰りと言いたい。そう言える権利が、ちょっとだけ欲しい。
それだけでボクはええんやけど。
掴めない、どこか寂しそうな微笑に、松本は一瞬の瞠目ののち、微笑んだ。
「一日で良いならね」
「乱菊は厳しいなァ」
市丸が苦笑する。
松本は優しいけれど、線を引くことを心得ている女だ。
そしてそれを知っているから、一日だけだと市丸も言ったのだ。
「一日で、ええんよ」
笑ってみせる。
幼馴染みが難しいと思うのは、そこだ。男女の幼馴染みと言うのは境界が難しいから、どこまで踏み込んで良いのか分からない。
彼女に迎えてもらったり、彼女を迎えたいと思う気持ちが、単なる幼馴染みの情なのかさえ分からない。
だからこそ、市丸もまだ、線を引く。
そうすれば、いつまでも一緒に居られるのだから。
そうすれば、いつまでも三人で笑っていられるのだから。
この縁が切れない限り、どこまでも。
「そないなると、ボクと十番隊長さんもえらい長い付き合いになってまうなァ」
「いきなり何言いやがるこのキツネ」
「ずっと一緒におりたいんやろ?」
「てことはテメーもか」
「さすが分かってますなァ」
松本が淹れた茶を口に運びつつ笑う市丸に、日番谷はちらりと視線を走らせた。
「……俺は、別に嫌いじゃねぇよ」
その言葉を耳に入れた刹那、市丸が僅かに動きを止め……苦笑する。
「……奇遇やね、ボクもや」
こういう時いきなり素直やから手に負えへんねんこの子。
一緒にいても些かも居心地が悪くなったりしない、珍しい相手だった。
からかうのも喧嘩するのも、嫌いじゃない。
……ボク友達おらんからなァ。
ちょっと泣けてくる独り言を脳内でかましている市丸の耳に、その時聞き逃せない一言が入り込んできた。
「だから明日は俺も一緒に祝ってやるよ」
一瞬、時が止まる。
「……へ」
「おまえにただいまって言ってお帰りって言ってやる」
「……や! いやそれはええから!!!」
「遠慮すんな!!!」
「遠慮やないし! てかたまには二人にさせて!」
「誰が!!!」
にこにこーと笑いながら怒鳴りあう二人に、手ずから淹れた茶を啜りながら、やはり松本は思った。
(……なんか、やっぱり恋人同士みたいな会話)
思っても、声を合わせて反論するだろうから、口にはしないけれど。
そしてそんな光景を見ているのが幸せだなんて言おうものなら、二人して嫌そうな顔をするのだろうけれど。
ギャーギャーと応戦している二人の会話をBGMに窓から見える青空に視線を移す。
明日も良い天気になりそうな、良い空の色だった。
明日はお弁当でも持ってどこかに行こうか、と思えるような。
松本はふっと頬を綻ばせて気持ちの良い笑みを浮かべる。
そう、きっと。
きっと、明日は良い日だ。
ende
えーと。
ギン乱て言うか、うちのギン乱日のスタイル?小説です。
そんな訳で市丸誕生日おめでとー!!!!
乱菊さんの誕生日も日乱メインですが市丸が出る予定なり。
いや、みなとさんの「dearest」を拝読して感動した市丸と日番谷くんと乱菊さんのほのぼのな関係が理想だったので、ちょっと仲良さそうな三人を目指してみました。
……なんか冒頭、ヒツギンみたいです(大笑)。
寧ろ終わり方もヒツギンみたいです?(大笑)
時々市丸がお茶飲みに来て三人でお菓子とか食べてたら可愛いなと。
で、日番谷くんが色々文句言いつつ、市丸が日番谷くんをからかいつつ、三人でいたら良いなぁなんて。
ありえへん。夢です。本居はドリーマーなのです。
本人はとても楽しく書きました。ここまでお付き合い下さり有難うございました!!
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