1. A million lies "多くの嘘"
BLEACH・169話〜ネタばれありで黒藍染←雛森




 始めに。
 私がこれから書くのは雛森のモノローグですが、本誌展開を激しく無視しています。
 恐らくこうはならないでしょう。
 でも、彼女の想いを無駄にして欲しくなかったから、書こうと思いました。
 本誌で久保先生に描かれる前に書いてしまいたかったということで躊躇なくアップ。自分では気に入っているので、本誌展開と矛盾が生じても下ろす予定は今のところありません。
 こんな駄文をお読み下さる方はどうぞご寛恕下さいませ。






 嘘……。嘘、嘘、嘘。
 先ほど呟いた言葉を、心の中で繰り返す。
 けれど、今繰り返したその言葉の意味は先ほどと全く違っていた。
 向けられた背中に血の気が引くよりも早く背筋が冷たくなる。
 やっと触れられた大切な人だった。
 暖かな腕、胸。
 同じくらい暖かい声。
 あの日からずっとずっと探して、探して、諦めるほど諦めきれなくなっていった、ただ一人の大切な人だった。
 その人が今、自分を一瞥することすらなく背を向けて行こうとしている。
 ……行かないで。
 藍染隊長、行かないで下さい。
 あたしはついて行けない。隊長の後ろを歩けない。
 だからまだ、行かないで。
 もうどこにも行かないで。
 唇を開いても空気が漏れるだけで、ぱくぱくと開閉するたびひゅーひゅーと言う。
 だから心で必死に呼んだ。
 腹部を刺し貫かれた瞬間、この人は本当にあの藍染隊長だろうか、と疑った。
 けれど自らに問いかけたら、それ以外あり得ないと答えが返ってくる。
 声。顔。そして誰よりも近しく感じていたあのぬくもり。
 間違いはなかった。
 それならば。
 うつ伏せて倒れた体がじっとりと血に濡れている感覚で、手指は動かなくなってきた。
 それでも。
 あなたが選んだ道がこれなら、あたしは受け入れるしかないんですね。
 ただ一人、この人が選んだことが、雛森の絶対だった。
 そう思ったら安らかに逝けそうな気がしていた。
 いつもどおり彼の声に必死で耳をそばだてる癖は、何一つ変わらずに。
 最後まで残るというのが聴覚だからか、無意識のうちに藍染の声を探していた。
 その時、耳に入り込んできた声に、呼吸が止まりそうになる。
「私が隊長になってからただの一度も、彼以外を副隊長だと思ったことは無い」
 他の声が聴こえないから、誰のことかは分からない。しかし初めて彼に会った時のことを考えれば、それは恐らく市丸のことだろう。
 ……嘘。
 先ほどの呟きがまた、戻ってきた。
 まさか、まさか……それほどまでに必要とされていなかった?
 じゃああたしの存在は、雛森桃という存在は、副隊長としてすらあなたの役に立てなかったの?
 でも、それでも、あたしはあなたの決定なら受け入れるのに。
 こうして刺し貫かれたことすら恨みにも憎しみにも通じないのに。
「憧れは理解から最も遠い感情だよ」
 ひゅっ。
 自らの浅くなっていく呼吸音が、完全に停止したかと思った。
 アコガレハ、リカイカラ、モットモトオイカンジョウ……。
 不意に笑い出したくなる。
 そうです隊長。
 それは本当にその通りなの。
 だって今、正に今、あたしはあなたの理解不能な行動を肯定しようとしたんだもの。
 こんなことをされても許してしまえるんだもの。
 あなたがあたしを必要としていなくてもそれでも、ついて行きたいなんて思ったんだもの。
 理由なんて要らなかった。
 その存在だけを信じていたから、言葉すら要らないと思っていた。
 あたしは、あたしの憧れの意味を、あたしの中にしか求めていなかったんだ。
 気付く機会はきっといつでも与えられていた。
 あんなに一緒に居たのだから。
 あたしはいつでもあの人から心を離しても良かった。その自由だっていつでも与えられていた。
 それでも離せなかった。
 死んだと思った後ですら離せなかった。
 何故? なんて……訊く必要もないじゃない。好きだったからだよ……ッ!!
 泣きそうだ、と思った。
 こんなあたしだから、駄目だった?
 いつまでもこうだから、届かなかったの?
 だったら……。
 もしあたしの命がまだあって次に目を覚ますことが出来たら、その時は、もう一度あなたを追いかけます。
 肯定する為じゃない。でも、否定する為でもない。
 ただあたしの目で見て、まだあなたを信じようと思えるのかどうか……本当のあなたの姿を見て、あたしがどう思うかを知りたいから。
 誰だって嘘くらい吐きながら生きる。本当の自分をすべて見せながら生きている人なんて、絶対いない。それなら心と言葉が分かれている必要なんてないんだもの。
 そして対している人のどこを信じるかは個々に自由が与えられていて……だからこそあたしはあたしの中のあなたを信じていました。それが全て間違いだとは、まだ思えない。嘘だと割り切ってしまえない。
 だから。
 ねぇ、隊長?
 ここで諦められる想いならあたし、あなたが死んだ時に捨てても良かったんです。
 それでも捨てられなかったから、苦しんでも、日番谷くんと戦っても、あなたを追いかけようと思ったの。
 あんな手紙に騙されて、馬鹿みたいだと思っていますか?
 でも、それでも……どうしてだろう。あたし、その気持ちだけは誰に見られても恥ずかしくないって思うの。
 多分甘えていたんだろうなって思うんだけど……でも。
 誰にみっともない姿を見せても良いから、ずっとその背中を見つめていたい、追いかけていたいって思ったあたしの気持ちは……どんなにあなたが嘘だったとしても、それだけは真実だったから。

 多くの嘘。
 嘘だらけの砂丘に蹲っても、例えば這うことがあっても、その中から僅かでも良い、一粒でも構わない。
 砂の中から真実を……見つける為に。







 日記で「書きたいなぁ」と言っていた雛森の黒藍染に対するモノローグでした。
 当初の予定ではそれでも藍染のことを肯定してしまう雛森の痛いモノローグだったんですけど、ふと仕事場で昼食を摂っている時に今の形が浮かびまして、速攻であげました。
 このあと雛森はルキア処刑阻止の為、そして藍染ともう一度話をするために彼の元へ走る……という妄想を見ています。
 藍染は黒でした。
 そうだったんですか。
 ……じゃあんまりでしょう。せめて雛森とのことくらいあれだけで終わらせずきちっとして欲しいんですよね。
 因みに序文でこれはもし本誌展開と違っても、と言うか絶対違うので、アップしたあと下げる予定はないと書きました。
 しかしもしコミックス化にあたって藍染隊長の一人称が「私」から「僕」に直されていたらこっそりと直すつもりではいます。藍染隊長は「私」になったり「僕」になったり分からないお人ですね(笑)。


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