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それは、ひとつしかなくて
壬生屋の誕生日2月10日を控えた前週のことである。
「何か、俺から欲しいものってない?」
恋人からの直球の質問に、壬生屋は青い目を瞬いた。
しばらく返答はなく、白い息だけが灰色の空中を漂う。
それから、ふっと微笑んだ。
「……誕生日ですか?」
「そう」
伺うような視線を受けた瀬戸口は頬を掻く。
ストレート過ぎるかと思ったが鈍い壬生屋にはこれですら気付いてもらえないかもしれない、なんて思っていた。……杞憂だった。
壬生屋は元愛の伝道師を微笑ましげに見て、綻ぶように笑う。
まさか憶えていてもらえるとは思っていなかった。誕生日の話なんて、いつしたのだったかしら。
それとも思い出せないのではなくそんな話はしたことがなくて、彼が誰かから聞いたか、調べたかしてくれたのかしら。
それはどちらにせよ喜ばしい……という言葉では足りないくらい、嬉しいことだった。
こんなに誕生日を嬉しく思ったことなどない。
こんなに生まれたことを感謝したことは……ない。
今の自分を取り巻く全てのものを愛しいと思ったことなど。
「瀬戸口くんが側にいて下さるだけで、わたくし、何も要りません」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
少し前までこんな台詞を言うことすら大変だった彼女を思って、瀬戸口は少しだけ淋しく、そしてそれ以上にくすぐったく思いながら笑った。
そんな彼に、壬生屋は肩を竦めて見せる。
「本当のことですから。絶対叶わないと思っていたことが叶ったんですもの」
喧嘩ばかりして、嫌われて、追いかけて、どうしてそれをそんなに悲しく思うのか思い至って……遠ざかるばかりで近付くことなど出来ないと思っていた日があった。
それはそんなに昔のことではない。数ヶ月前のこと。
だからこそ、今隣で笑っている人の存在が夢ではないかと思ってしまう時もある。触れて、夢ではないと確かめられるこの距離が、どれほど幸せか。
穏やかに笑う壬生屋は今の現状を「叶わないと思っていた」と言うが、瀬戸口は憶えている。彼女が自分を手に入れる為にどれだけの想いと、激情を……全てを見せてくれたのか。
自らの醜い部分も曝け出して全力で飛び込んできた愛しい人の告白を、忘れはしないだろう。
長く生きていて、ああまで求められたのは初めてだった。……心の底から、幸せだと思う。それを返したいとも。
「んー。そりゃ勿論俺もそうだし、嬉しい。でもなぁ。俺が祝える初めての誕生日だし、せっかくだからぱあーっと祝ってやろうかと思って」
幸い青の騎士なんてやっているから、給料はそれなりに貯金してある。まあ、いつか近い未来に養いたいと思っている女がいるのだからそれは当然のことだったが。
「俺で出来ることなら何でもしてやりたいんだ」
それが、好きだ、ということ。
喜ぶ顔が見たいなんて、誰の為でもない。
壬生屋の為でもない、瀬戸口自身の為だ。
優男は廃業したが、恋人の前で格好を付けてしまう性格に変わりはないようだと自認してひっそりと笑った。
まあ、良いんだ。俺は未央の前でだけ、どれだけでも格好良い男になってやろうと思ってるんだから。
壬生屋は瀬戸口の言葉にちょっと考え込むように押し黙る。
青い瞳が真っ直ぐに、優しく瀬戸口と己との間の空間を見つめた。
そして、名案が浮かんだとばかりに頬を綻ばせる。
「……そう、ですね。出来るなら、冬ですから、お鍋を食べたいです」
「は? ……なべ?」
「はい。瀬戸口くんが作ってくれたら、もう言うことないんですけど」
……鍋、とは意外な……色気のないものが来てしまった。
しかし壬生屋はその一途さゆえ好いた殿方に婦女子が家事をさせるなど!とか、厨房男子立ち入りを禁ず!みたいな性格なので手料理を望まれたことはない。
今回のことが誕生日プレゼントゆえに特別か、と言えば、確かに特別だろう。
自他に厳しい彼女のことだ。こういう甘え方をしてくれること自体が滅多にない特別なことなのだから。
瀬戸口も一人暮らしが長かったから、鍋はあまり作ったことがないが料理は苦手ではないし。
しかし恋人同士のバースデーに贈るものが鍋とは……ちょっと色気がなさすぎではないか。
むーん、と腕を組んだ瀬戸口に、追い打ちがかかる。
「どこにも行かなくて良いんです。おしゃれなアクセサリーもロマンチックなムードも欲しくないと言えば嘘になりますが、一番欲しいものじゃありません。ただ、部屋で一緒に、二人でいられれば良いんです」
にっこりと微笑んで両手を合わせた壬生屋は「ね? 良いでしょう?」と可愛らしく小首を傾げておねだりのポーズをしてみせた。
うっ、と瀬戸口が言葉に詰まる。
こういう言葉を吐きつつこういう仕草を無意識にしてしまうあたり、自分の恋人も業が深いと言うか罪が深いと言うか……。
「分かったよ。せっかくだ、美味しい鍋でも作るよう精進するか!」
彼女への初めての誕生日プレゼントが鍋だなんて、多分一生忘れられそうにない。
だからこそ。忘れられないほどの思い出なら、それでも良いじゃないか、と思った。
ものだからこそあとに残るアクセサリーなどを贈っても、記憶そのものが失われてしまってはどうしようもない。
毎年「あの年には鍋だったんだ」と言って笑えるような未来を、彼女となら築けると思ったから、こうして二人でいるのだから。
そうだ。自分たちなりのペースで行けば良い、と開き直る。
瀬戸口の葛藤も知らず、壬生屋は無邪気に手を叩いて喜んだ。
まあ、そんな訳で2月10日当日。
瀬戸口は鳥の挽肉で団子を作って、それを鍋の具材とした。
味付けは醤油ベース。出汁は市販のスープ。
二人で食すには余ってしまうかと思われるほど盛り沢山の、食糧難を物ともしない贅を尽くされた鍋が、グツグツと音を立てている。
「隆之さん、お料理上手ですね」
甲斐甲斐しく瀬戸口がよそってくれた碗から最後の鳥団子を口に放りこみ、壬生屋は言った。
料理上手な恋人からの惜しみない賛辞に、瀬戸口は破顔する。
「おまえさんには敵わんさ。もっと食うか?」
空になった碗を持つ壬生屋に笑いかければ、彼女は嬉しそうに笑った。お気に召して貰えたらしいことにホッとする。
「有難う、頂きます。……ただ、この山のような白菜は何事ですか」
問い掛けるような青い瞳に苦笑した。
鍋の中には鳥団子、葱、大根、豆腐、しらたき……と言った定番のものの中でも、とりわけ多く白い白菜がぷかぷかと漂っている。
「俺、鍋で一番白菜が好きなんだ。それで。壬生屋好き嫌いないだろ?」
もし嫌いでも俺が全部食べるし。
二人きりで食べきれる量でもないから、明日も彼の食事は鍋だろう。そういう意味では自分の好きなものを多く入れているのも無駄ではない。
そして、壬生屋も瀬戸口ほどではないにせよ白菜は好物だった。
それにしたって入れ過ぎではないかとも思ったが、瀬戸口が好きな物をひとつひとつ知っていく毎日が愛しく楽しいから、何だか嬉しくなってしまう。
「ありませんけど。こんなに白菜がお好きだなんて、知りませんでした」
「鍋を囲む機会なんて、なかったからなぁ」
白菜は大体が鍋の具材、または漬物だろう。
瀬戸口と壬生屋が食事を共にする時、それは大体学校での弁当が多くを占め、ゆえに白菜が出ることなど皆無に等しかった。
ともに食事をするとしても、鍋なんて選択肢は想像も付かなかったし。。
季節が季節でしたしね、と壬生屋は笑った。
その瞳が懐かしいものを追いかけるように遠くを見たから、瀬戸口も優しく微笑む。
「今度、皆で鍋パーティーでもやるか」
同窓会、っていうのでもないがな。
壬生屋と瀬戸口が出た5121小隊の面々は、短い期間ではあったが生死を共にしたことによって、除隊後もそれなりに仲良く過ごしていた。
部隊の中でも下は8歳から上は24歳までという見事に年齢も個性もバラバラのメンバーで、諍いもあるにはあったが、だからこそ異例なほどの絆と言える。
司令である善行を始め頼もしく懐かしい顔を思い浮かべ、壬生屋は頬を綻ばせた。
「楽しそうですね」
小隊にはそれなりに料理好きの仲間がいたし、人数分の鍋を作るなど容易ではないだろうが、集まって作ればきっと楽しいに違いない。
芝村や遠坂などは鍋を囲んだこともないかもしれない。
名案だと瞳を輝かせる恋人に、瀬戸口は白菜を口に運んでから自らも良い提案だと頷いた。
「青にでも声をかけて貰えば、多分全員集まるだろ」
お祭り好きな奴らばっかりだしな。
ののみなどは幼い上にあまり恵まれた境遇にない。喜んでくれるだろう。
「その時は……一緒にお台所に立って、お鍋を作りましょう。このお団子のコツも伺いたいんです」
あんまり壬生屋が嬉しそうに笑うから、瀬戸口も嬉しくなった。
「……そうだな。所詮男の料理だから特にコツはないんだが、出来る限り教えてやるよ」
こうして未来の約束を出来るようになったのは、いつの頃からだろう。
いつも怯えていた。
亡くすことが怖かった。
特に今は、いつ大切な物を喪ってもおかしくはない時代だ。
人はいつも争っているし、保障など……この広い大地を全て探しても、きっとないと思っていた。
でも……この輝きが、いつか、失われる時があるのなら。
だからこそ今を大切に生きたいと、今は思う。
それほど大切なものなんだと、気付くことが出来たから。
たった一人のこの世で一番大切な君と、だから……手を繋いで。
生まれて来てくれたことに、尽きぬ感謝を。……心からありがとう。
ende
壬生屋、誕生日おめでとう!!!
彼女がいなければ私は今、ここにいません。だからこそ、いつもこの日には気合が入ります。
そしていつも彼女がこの世に生まれたことを感謝する。
で、なんだかいつも同じようなお話を書いてしまう訳ですが(どんなオチだ)。
そんなこんなで瀬戸壬生でした。
ガンオー設定にしようと思ったんですが、ファーストもクリアしてないからなー、と思っていつの瀬戸壬生か分からない瀬戸壬生に。
ぐあっふん。
祭で幸せそうな瀬戸壬生が見られて嬉しいのに何でこんなヘタレな瀬戸壬生しか書けないのかな……。
レイアウトはtippiさんの配色ソース「茨を泳ぐ雨」をお借りしております。
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