One happy day








 十二番隊舎から戻った吉良の姿を見て、市丸はあろうことか吹き出した。
「な、何や、その“山”は」
 苦し気な息の下で吐かれた台詞に吉良がむっと眉を顰める。
 元はと言えば誰の所為だと……。
 そう思いかけたところで、市丸がふと笑い声をおさめて吉良の手にその他のものとは隔離して殊の外大切そうに持たれている桜に目を留めた。
「へえ、風流やなぁ。早咲きの桜なんて」
 早咲き。
 市丸の言葉に吉良はふっと意識を巡らせた。そういえば今の時期に桜の花なんて見られない。
「なかなか洒落た贈り物やないか。誰に貰うたん?」
 恐らく男性に貰ったんだろうと嫌な推測をしているらしい市丸の、ニマニマと笑いながら訊ねる声にハッとして顔を上げる。
「あ……十二番隊の涅副隊長に頂きました」
 答えると、市丸が僅かに意外そうな顔をする。
 しかしそれは本当に一瞬のことで、すぐにいつもの笑みに戻った。
「……そりゃ、珍しなぁ」
 感心したようなしみじみとした声音が常にない響きだったので、吉良は目をしばたかせる。
 早咲きの桜が珍しいのか。それとも。
 あまり大きくない瞳で見つめてくる吉良に、市丸は面白そうな顔をした。
「涅副隊長は滅多に人と仲良うせんのや。イヅルはよほど気に入られたんやろ」
 気に入られた云々は別として、ネムが他人とあまり仲良くはないだろうと言うことには納得出来る。
 決してぶっきらぼうでもなければ冷酷な訳でもない。
 ただその取っ付きにくさや無表情な美貌が人を寄せつけない、と言うのだろうか。
 ……実際話してみれば、根は可愛い女の子なのではないかと思うのだが。
 そう思う者が絶対的に少数であるということを、吉良はまだ知らない。
「気に入られたなんてことはないと思いますが……」
 苦笑する吉良に、市丸はおや、という顔をする。
「聞いとらんの? その桜……」
「桜? 桜がどうかしたんですか?」
 この桜はきっとネムが愛しんでいたものだろう。
 それを貰ってしまったから、だからこそ彼女は優しい人なのだろうと思う。しかし自分のことを気に入ってくれたというふうには見えなかった。
「この時期になると飾られるんやて、桜の花が。あの子、誕生日が近いやろ?」
 何を言われたのか、理解するまでに一瞬の間が開く。
 誕生日?
 ではこの桜は元々彼女の部屋に飾られた贈り物だったのだろうか。
「誰からかも分からん、日にちも誕生日きっかりな訳やない。でも飾られんのは必ず桜。あの子の好きな花やから、ってことらしいで」
 好きな花だから。ネムの好きな花だから……贈られたもの。
 それを自分が貰ってしまった。
 途端蒼白になる吉良の顔色に市丸が笑う。
「貰うたからにはイヅルに貰って欲しかったんや。だから気に入られたんやろ言うてんのやさかい」
 いつもどおりあっけらかんと笑うけれど、生真面目な吉良にはとてもそんなふうには思えない。
 しかし返す訳にもいかない。
 先ほどこれが欲しいと思った自分の気持ち、彼女の好意を無にしたくないと思った気持ちが今でも消える訳ではないからだ。
 それならば……出来ることは、一つしかない。
「涅副隊長のお誕生日……いつなんですか?」
 真っ直ぐな視線で市丸を見ると、彼はにやりと何だか人の悪そうな笑い方をした。いや、悪そうというとまるで本当は悪くないみたいだから人の悪い笑い方と言っておこう。
 そして最初からまるでこれを訊ねられるのを待っていたように、用意された答えを返す。
「確か……三十日、やったかな」
 三月三十日と言うと、今が二十七日だから、三日後か。
「すみませんが、僕はこれであがらせて頂きます。隊長はこの書類の処理が終わったらお帰りになって下さいね!!」
 吉良はきっちり市丸に釘を刺しながら隊首室をあとにした。
 その背をいつもより幾分楽しそうに、市丸が見送る。そして当然のように、書類の処分は後回しになったのである。

 そして三月三十日。
 十二番隊舎をまたしても吉良イヅルが訪問し、涅ネムを呼び出した。
 すぐに出てきたネムは表情こそ変わらなかったが、驚いている様子である。
「どうかなさったんですか。先日の書類のことで何か」
 事務的な問いかけに首を振る。
「今日は涅副隊長のお誕生日だと伺ったんですが」
 吉良の言葉に本格的にネムはその静かな瞳をかすかに見開いた。
「間違っていますか?」
「……いいえ、その通りです」
「良かった。それでは、これは先日の御礼に」
 しゃら……。
 涼やかな音とともに懐から取り出されたるは、華奢なつくりの髪飾り。
 ほんのりと色づいたその色は淡いほど薄い紅。
 数珠繋ぎに連なっているのは、桜の花びらを模した硝子細工の美しい細工物だった。
 それをネムへと差し出すと、ネムは初めて見せる揺れる眼差しで吉良の瞳を見上げてくる。
 問いかけるように動いたのはその視線だけで、受け取るべき手はちらとも持ち上がらなかった。
 気に入らなかっただろうか。
 少なくとも恋次などよりは見る目もあるつもりだし、桜の花をあしらっているのも気が利いていると思った。
 何よりネムに似合うと思ったのに。
「お気に召しませんか?」
 残念そうに吉良が問えば慌てたように首を振る。
「そんなことは。ただ……頂く理由がないので」
 もともとそういったものに縁がなく詳しくもないので分からないが、細かな細工から相当の値打ちがあるものだとネムにすら分かった。
 とてもこれほどのものを贈られる、理由がない。
 何だ。そんなことですか、と吉良は笑った。
「理由ならあります。僕の誕生日に贈り物を下さったじゃないですか」
 それがなければこのきっかけもなかった。
 そう思えば不思議な縁が出来たものだと思う。それは不快なものではなかったし、この髪飾りを選ぶ間も心は弾んでいた。
 吉良の言葉にネムが顔を上げる。
「それは……“要らないもの”だからと申し上げたはずです。吉良副隊長はあの日頂いたすべての贈り物にお返しをされるのですか?」
 ネムの語調は強くなかった。決してこの贈り物を迷惑に思っているわけではない。
 ただ、何かの要因で他の者と分けられてこれを贈られることになったのなら、それに気が咎めているのである。
 飴はともかく手拭いや手鏡は割れたり破れたりしない限り残る。しかし自分が贈ったものは、花だ。いつかは枯れて、目に見えなくなってしまうものだ。
 しかし吉良はそれでも笑っていた。
「涅副隊長にとってあれは“要らないもの”ではなかったでしょう? 大切そうに持っていらっしゃいましたし、お誕生日間近になると贈られるものだと伺いました」
 何故それを知っているのだろう。
 ネムは滅多に変わらない表情に驚愕の気配を滲ませた。
 目を楽しませ心を癒してくれる春の花が、ネムには一番の贈り物だった。
 それが贈られると「ああ、もうそんな時期なのか」と気付く。
 ただそれだけのことで自分は生きて側に在って良いのだと思うことが出来る。誕生を祝う贈り物だから、特別なものだった。
 だからこそ、それを贈られたことを吉良は気にしているのだろう。
 しかしネムは首を振った。
 勿論あれはネムの大切なものだった。けれど。
「桜の花は……いずれ散ります。散ってしまうから下さったんだと思います。だから……私が受け取ったのは心なのです」
「心?」
 問う声に頷く。
 あの人が自分の生誕を祝っていてくれるということを毎年確認できること。それが喜びで、それが何よりも大切なことだったから。
「私を喜ばせたいと思って下さる人が私の好きな花を部屋に飾って下さるという心です。そして私はあなたに少しでも喜んで欲しくて渡したんです」
 それは先日吉良が自らの誕生日に彼女からの贈り物に対して思ったことだった。
「心を、ですか」
 鸚鵡返しのように問うた吉良の声に、ネムの頬が僅かに朱に染まる。彼女が言ったのは「桜」のことだったのかもしれない。しかしここで訂正するのもおかしかった。
「……ですから、形の残らないものに対してあなたの贈り物は私に見合わないのです」
 くどくどと難しいことを言ったが、結論はこれだった。
 要は勿体無くて頂けないということである。
 これに吉良は困ったような顔をした。
「確かにこれは形として残ります。でも、あなたの心に対して返したい、これも僕の心なんです」
 義務感や偽善でするものではない。
 嬉しかったから、少しでも嬉しい一日になるように協力したい、出来たら良いと願う心が。
「第一こればかりは男の僕が持っていても仕方ない代物です」
 そもそもあなたに差し上げたくて買い求めた品ですから。
 そう言って、吉良が笑う。何処か頼りない、けれどもしかしたら芯に秘めた強さを感じさせるかもしれない表情で。
 優しいけれど退くことのない眼差しで。
 その表情に魅入るように押し黙っていたネムの耳の上に、至極自然な動作で吉良は手を伸ばした。
 思ったとおり絹糸のように柔らかく繊細な黒髪に、そっと髪飾りを挿す。
 鈴の音のごとくしゃりしゃりとした音が、ネムの耳近くで響いた。
 恐る恐るといった風情で手をやれば、硬く、けれど軽い感触。
 このような装飾品を身に着けるのが初めてで、どうしたら良いのか分からない。
 ただ黙って吉良を見上げれば、彼は答えるかのようににこりと目を細めた。
「凄くお似合いですよ」
 もし形のないものを贈り物として受け取るというのならば、この言葉が一番の贈り物だったのかもしれない。
「あ……。有難うございます」
 戸惑いながら、けれど確実に喜びに紅潮する頬を俯かせて礼に頭を下げるネムの耳の上で、風に揺れてまたしゃらりと髪飾りが揺れた。








 
あり得ない。
 と声を大にして言いたい。
 吉良と良いネムと良い立派な偽者です。市丸に至っては何だコノヤローって感じです。ごめんなさいごめんなさい(以下略)。←ひぐらしか。
 何だか吉良が書きにくいなぁと思ったら、彼を書くのは随分と久しぶりだったことに気付きました。でもやっぱりと言うか何と言うか、書いているのは楽しかったんですが。
 偽者なのは書いている本人が一番自覚しているので、言っちゃ駄目っスよ。ごめんなさい嘘ですどんなご意見でも受け止めて生きていきます(涙)。
 しかも数日遅れの誕生日お祝い。
 とは言えこれには言い訳なんぞもありまして……吉良の誕生日創作をお読み頂ければ、相手がネムであることは想像がつきます。
 けれどネムの誕生日を万人が憶えていると言う訳でもなく、何故続くのか、ということを考える時間を作りたくなかったので……。
 続きがこれまた分かりやすいもので、ネタが定番過ぎてお恥ずかしいんですが、それでも一応「贈り物返し」という点に於いてなるべくネタバレないで読んで頂きたいなぁと思ってネムの誕生日に合わせてアップすることにしました。同じことなんですけど。(汗)
 こういう訳で吉良の誕生日創作なのにアップが遅れたんですが、どうぞご寛恕下さい(汗)。

 私は吉良愛してます。
 ヘタレだけれど基本的に善人だし、不器用。雛森に一途なところが好きです。
 とは言え、じゃあ吉良が雛森への想いを成就させると思うか? と言えばそりゃもう絶対叶わないよねー(笑)と思っているので、そんな彼があまりにも哀れで、何とか誰かとくっつけようと画策してみました。
 そこで吉良誕生日を書くにあたって浮上したのがネム。
 理由は単純で、私が彼女を好きなことと、誕生日が近かったこと。
 まあそこで雛森の存在を無視して吉良がネムと恋仲になれるのかと言えばそれもあり得ない(笑)と思うので、この二人カップリングなのかどうかは私にもはっきりとはしませんが。
 こういう組み合わせもありか、と思って頂ければ幸いです。

 因みに蛇足なので書きませんでしたが、ネムに桜を贈ったのはマユリ様です。何故市丸がそれを知っているのかと言えばまぁ……酒の席ででも聞き出したんでしょう。
 あんまり正直そうな方ではないので誕生日とはずらして贈り物をされるのではないかなぁと。
 同じく花を贈るのも勿論ネムが好きなのもありますが、時が経てば消えて縁にならないことが一番の原因なのかもしれません。
 しかしネムはそれを知っていてマユリ様の誕生日ぴったりに何か贈り物をしていると思います。多分、形の残るものを(笑)。涅親子も面白いですね、書いてみると。


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