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「贈り物? ……日番谷くんが?」
 年上の幼馴染みは、目を丸くしてしばらく絶句した。
 雛森はただただ純粋に、邪気もなく、嫌味ですらなく驚いているようだった。
 嫌味じゃなければ尚のこと失礼な奴だな、と多少癇に障るものがあったものの、確かにこの幼馴染みに誕生日特別何かを贈ったという記憶はない。
 例えば誕生日にたまたま持っていた飴玉を一個やったりとか、そういう程度の贈り物以外は。
 仕方ねぇか。
 嘆息して、思う。
 雛森は結構マメな性格なので、日番谷自身は彼女からこまごまと実用品やら菓子やらを贈られたことがある。
 まあ、それも……統学院に入ってからはそんな習慣も遠ざかっていったけれど。
 そんな贈り物の「お」の字にも無頓着な彼が、初めてそれを意識したと言うのだから、雛森にとっては驚くべき事実だった。
 よほど特別なんだな、と、僅かに寂しく、そして誇らしい。
 特別な人にしか特別なものを渡せない不器用さが愛しくて何より嬉しくて、これが自分の幼馴染みなのかと思ったら、胸を張りたいような気分になる。
 だから、ちょっとだけ不機嫌そうに眉を顰める日番谷に、雛森は極上の笑みを浮かべてみせた。
「ぅうわああぁ、おめでとう〜!」
 一転してにこにこ、と花開くような笑みに、日番谷自身はたじろぐ。
「おめでとうってのは松本に言うことだろ。俺じゃねぇよ」
「知ってるよぅ! そうじゃなくて、贈り物をしてお祝いしたい人が出来たのが、いいことだって思うんだもん!」
 ぷう、と頬を膨らました。
 日番谷の交友関係は決して広くない。
 と言うか、もっと正直に言えば狭い。
 そんな彼が自分から誕生日のプレゼントを渡そうと思う相手が居るのだ。
 それも、女性!
 更に言えば雛森の憧れであり、女性として彼女に憧憬を抱かない者など少ないだろうとも言うべきひとであり、男性からも好かれている松本乱菊!
 そんな人が自分の幼馴染みを隊長として慕ってくれているというだけでも凄いと思うのに、日番谷からも惜しみない感情を注いでいるとは、嬉しいことこの上ない。
 雛森の言葉に、日番谷は僅かに頬を綻ばせた。
 一点の染みもない綺麗な喜びの情が伝わってきて、それが何だか物凄く愛しくて嬉しい。
「……で、さっきのことなんだが」
「さっきのこと? ……あー、贈り物、何が良いかって奴ね」
 うんうん、と頷く雛森にホッとする。
 日番谷の交友関係は狭いから、女性への贈り物への相談なんて、出来るのは雛森くらいのものだった。
 こういう時にしか当てにしないというのも薄情だが、長い付き合いだ。気心が知れているのだと思って諦めてもらいたい。
 しかし雛森はと言えば日番谷の期待も空しく、今までと打って変わって難しい表情で首を傾げた。
「んー、お花とか、髪飾……とかぁ? でもそれもねぇ、お花はありがちだし、乱菊さんはそのまんまが一番綺麗だしぃ……」
 うんうん、と唸り始めた雛森に、日番谷は首を竦める。
 雲行きが怪しくなってきた。
「なまじ綺麗で年上で好きな人だと、何贈ったら良いのか……分かんないよね。日番谷くんがあげるなら何だって喜んでくれるとは思うんだけど」
 例えば自分が藍染からプレゼントをもらったとしたら、品物が何でも嬉しい自信がある。
 好きな人から贈られたものはその価値以上のものになるはずだ。
 けれどやはり、本当に喜んでくれるものを贈りたい。
「駄目だぁ、これしか浮かばない……紅、とかどう? 消耗品だから重宝するし、なくなったらまた来年あげられるし」
 ぴん、とあまり長くはない人差し指を立ててみせる雛森に、日番谷は仏頂面を返す。
「そりゃ、それでも良いとは思うけどな……やっぱり残るものの方が良いんだよ」
 我侭だけれど、エゴだけれど、それでも心に残ってくれるものの方が、今の自分たちには相応しいような気がしていた。
 雛森は嫌な顔一つせず、うん、それなら……と頷く。
「じゃあ耳飾が良いと思う。髪飾はせっかく綺麗な髪だからいじるのは勿体無いし首飾は乱菊さんいつもつけてるのがあるし、これならいつでもつけておけるから、良いんじゃない?」
 うん、それが良い。
 自分の提案が気に入ったように、雛森はご満悦の様子だった。
 日番谷も考える。
 装飾品というのは良い手だ。
 これだって同じデザインでさえなければまた別のものを来年贈れるかもしれないし、何より形が残って活用も出来る。
 滅多に耳元を露わにしない彼女の、髪の下に見えるか見えないか程度で微かにその存在を主張して揺れる耳飾……というのは、ちょっと……いや、かなり良いかもしれない。
 ……俺も大概独占欲が強いな。
 ふっと自嘲気味に笑ってみせると、雛森はそれが自分の提案への是と見てとったようで、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、早速買いに行こうよ! 日番谷くん一人で装飾品見になんて行けないでしょ?」




 9月29日。当日。
「誕生日、おめでとう」
 日番谷が差し出した小さな箱を不思議そうに見つめ、松本はカチーンと固まった。
 そして珍しく、少女のように頬を朱に染める。
「え? ……えっ!?」
「何でんな驚いてんだよ」
 差し出された掌の上の箱と日番谷の顔を往復する、狼狽したような視線に、日番谷は眉を寄せた。
「だって……」
「俺がおまえの誕生日祝うのがそんなに意外か?」
 問いに、しかし松本は大袈裟すぎるほど大袈裟に首を振る。
「いえいえいえとんでもないです! 期待してたし!! でも期待してたからこそびっくりって言うか、嬉しいって言うか……っ、あ、開けても良いですか!?」
 恥ずかしそうに身を縮こまらせ、いまだ日番谷の手の上に置かれていた箱に、松本が手を伸ばした。
 それにやはり照れたような表情で視線を合わせないまま、日番谷も頷く。
「好きにしろ」
 もっと気の利いたことを言おうと思っていたのだけれど、唇からこぼれたのはいつものようにぶっきらぼうな声だった。
 この声を合図に、松本は包装された箱の中から対の耳飾を取り出す。
 光を受けて薄い緑色の石がしゃら、と音を立てた。
 松本はそれをうっとりしたように見つめ……自らの身に付けてから、僅かに潤んだ瞳でこちらを振り返る。
「……綺麗。緑の石、隊長の瞳と同じ色ですね」
「……そか?」
「はい。……有難うございます、嬉しいです」
「……そか」
 似合っている、と思ったけれどそんなことを口に出来る訳がない。
 松本もそんなことは訊いて来ない。
 ただ、照れくさそうに「そりゃ良かった」と頬を掻いている上司に向けて、紅潮した頬を綻ばせ、大輪の花のような微笑を浮かべる。
 と、その時。
「こっんっにっちっはー!」
 二人の間に流れ始めたちょっと良いムードをぶち壊し、ドバーンと派手な音を立てて十番隊執務室に、声もかけずノックすらせずに入ってきた男がいた。
 市丸ギン。
 松本の幼馴染みにして三番隊の暴れん坊、そして日番谷の好敵手である。
 しかも入ってきた瞬間むせ返るような薔薇の香り。
 視覚で確認するまでもなく、市丸の手には溢れんばかりの花束を抱えている。
 清廉な、緑がかった白薔薇。
 ……嫌な予感がした。
 そもそも花を選択しなくて良かった。
 案の定、市丸はつかつかと松本に歩み寄ると、その花束を差し出す。
「乱菊、誕生日おめでと!」
「……ありがと」
 零れ落ちそうなほどのそれを、何故か松本はさした感慨も見せず受け取った。
 たとえ長い付き合いの市丸が相手とは言え、人の気持ちを無にするような女ではないので、日番谷は僅かに眉を顰める。
 しかし市丸の方がまるきり気にした様子はない。
 そんな彼に、松本は苦笑する。
「薔薇なんて良く手に入ったわねぇ」
 現世ではありふれた花かもしれないが、尸魂界ではあまり目にすることのない幾重にも重なった可憐な花弁。
 市丸は上機嫌で答える。
「お金にものをゆわせましたっ! って、本末転倒やな」
「ホントにねー」
「……やっぱ嬉しない?」
「嬉しいわよ。花は、ね」
 ちょっとだけ困ったように肩を竦める市丸に、松本はやはり、難しい表情で応えた。
 これもやはり釈然としない。
 松本は市丸には多少点が辛いが、だからと言ってもらったものをぞんざいに扱うことなどなかったし、いつでも厳しくも温かい態度で接していた。
「花は嬉しいなら、何が嬉しくないんだ?」
 興味本位で訊ねてみる。
 ばつの悪そうな顔で松本が振り返った。
 どうしても言わなきゃ駄目? と問いかける視線を無言で促すと、これ見よがしの溜息を吐く。
 そして不承不承と言った体で口を開いた。
「これ『歳の数だけ花束』なんです」
 むっとしたような珍しい仏頂面で、それを指す。
 歳の数だけ……?
 首を傾げた日番谷は、しばしの沈黙の後ようやくその意味に思い当たった。
「……その、何だ」
 何で俺がこんな気まずい思いしなきゃいけねぇんだ。
 言いよどむ日番谷に、松本は仕方ないわね、と笑った。
「お金がないからって摘んで来た花をもらっていたら習慣になっちゃったんですけど、だからって素直にこの年になってまで数えて来られると嫌味でしょ?」
 勿論、数えたことなんてある訳がないから本当に歳の数なのかどうかは定かではないが、両手で抱え持ってもまだ足りないその量の多さが既に嫌味のように感じられる。
「って言っても、同じ歳くらいだろ、おまえら」
「そんなの関係ありませんよ。ただ歳を意識させるのが嫌なの!」
 特に日番谷と一緒にいるようになってから、余計気になるようになってしまった。
 むすーっとした、先ほど自分が耳飾を贈った時とは打って変わったその表情に日番谷は苦笑する。
 女とはかくも難しいものか。
 松本が茶の用意をしにその場を去ったのを見送って、市丸に話しかけた。
「女に年齢の話は禁句、か。馬鹿を見たな、市丸」
「憎たらしい口を利く子やなァ。でも、ボクらはこれでええんや」
 市丸はと言えば、日番谷のからかうような声に苦笑してから、松本の背中に愛しげな視線を向ける。
 そんな視線を送るくせに、あんなふうに機嫌を損ねることを何故良しとするのか。
 日番谷には理解出来ない。
「……訊いても良いか」
 何を、とは言わない控え目な言葉に、歳に似合うとらんなァ、と市丸は笑う。
「ええよ。……ボクらは、男とか女とか意識せん関係で、このまんまが一番ええ。ボク乱菊に怒られるの好きやもん」
 怒らせてしまうくらいで、特別なものなど贈らないで、残らないものを贈って、そしてまた次の年になったら花を贈って、そんな関係でいられれば良い。
 いつでも変わらない微笑みと、遠慮のない空気に触れていられれば、安心できるから。
 君は男の子やから、それでええんと思うけど。
「男の子って……馬鹿にしてんのかおまえ」
 気色ばんだような日番谷に、市丸はひらひらと弁解するように手を振った。
「そうやなくて。乱菊にとって、君は男の子でええんやろ? だから大切にしてもらえるものを贈ってええんや。でも、ボクはそれじゃあかん。僕は男の子でおる前に幼馴染みの市丸ギンでおらなあかん」
 乱菊とはずっと対等でいたいから、今更変に差ぁ付けたないんよ。
 市丸の言葉に、日番谷は探るような目付きで感情の読めない瞳の奥を、覗き込むような素振りをした。
「俺はおまえには遠慮しないぞ?」
「せんでええよ」
 ボクもそないなことせんし。
 大体誰になら遠慮すると言うのか、と考えてちょっと笑った。
 松本にとって一番近い距離にいるのは自分たち二人だし、日番谷が側に居る限り彼女に手出しする者などそうそう現れないだろう。
 何しろ、松本は日番谷以外の男の誘いには靡かないと専らの噂なのだから。
 だからつまり、日番谷にとって遠慮とはさして害のない相手……興味のないに対する言葉なのだ。
 対して市丸は日番谷の心に引っかかる存在、と言う訳で――それも何だか、やっぱりこの子は素直な子供だ、と思う。
 笑ってみせると、日番谷は一つだけ深く、溜息を吐いた。
「……ま、おまえが良いなら、良いか」
「うん。……ところであの耳飾、十番隊長さんが一人で買うたん? ちょお想像したらおもろいやねんけど」
「ほっとけ!」

 本当は、日番谷にも分かっていた。
 市丸が贈りたかったのは花そのものではない。数なんて関係ない。
 ただ、彼女の誕生日を毎年欠かさず憶えていて、祝っているということ。
 それに付随して与えられる気心の知れた空間。
 ……そして、本来なら仕事場でそんなことをするものじゃないと思いながら、日番谷自身もそこにいて良いのだと、思っていてもらえること。
 市丸が贈りたかったのは、そういう優しい時間と場所だ、と言うこと。
 そしてそれは、もしかしたら市丸は気付いていないのかもしれないけれど……。
 松本が淹れた茶を口に含みながら、隣に座っている彼女に市丸には聴こえない声でそっとと呟いてみた。
「愛されてるな」
 含んだ意味は、色々……ある。
 けれど松本は何も問うことなく、ただ柔らかくふわり、と微笑んだ。
「……はい」
 その意味を、やはり深く問いただすことはないけれど。
「改めて、誕生日おめでとう」
「はい!」
 笑顔が見たいから。
 喜んでもらいたいから。
 ずっとずっと、幸せでいて欲しいから。
 生まれてくれて……ありがとう。




ende

 本当はこのあと、仕事が終わったら乱菊の誕生祝いをする面々とか書こうと思っていたのですが、展開が日番谷誕生日と一緒な上つまらないのでぶった切り。
 そんな訳で。
 お誕生日おめでとう乱菊さーん!!!!
 あなたがこの世に生を受けたこと、それが本当に純粋に嬉しい。
 出会いに感謝と、そしてこれからの生に祝福を。幸せをいつも祈ります。

 今回は幼馴染みを出そう!
 と言うコンセプト。市丸が出るのは決定していたのですが、雛森も出したくなって出しちゃいました。
 うちの日雛は兄妹(姉弟じゃないのがポイントなり:笑)で、終始こんな感じ。
 フツーに日雛派の方がイメージされている日雛とは多分違うと思います。
 寝ションベン桃ーとか言えるところを見ると、可愛い幼馴染みの女の子を俺が真綿でくるんで守ってあげるんだ!てータイプの男じゃなさそうだし、付き合いが長いだけに誕生日プレゼントなんて渡さないイメージです。
 このイメージで日雛ほのぼのが書けます。いつか書けたらいーなー。
 で、そんな感じの日番谷くんが乱菊さんの誕生日をお祝いして、市丸が乱入するやっぱり日乱なんだかギン乱なんだかヒツギンなんだか分からない微妙な話になりました。
 仲の良い、優しいものを書こう!と思ったので……本人的には満足。
 ハッと気付いたら最近日乱と胸を張って言えるものを書いてないわー!!!!と今更焦りつつもまあ開き直っちゃったりして(笑)。





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