冷めない熱(日乱好きさんに適当な数のお題)
触れてほしい、と思わないわけではない。
一番大切で、掛け替えのない人だから。
故に自分から大袈裟でないくらいに触れることは珍しくはなかった。
けれど、あたしにとっての彼はそんなものがなくても大切な人。
側に居られるだけで幸せで、名前を呼んでもらえるだけで、暖かくなれる。
触れたいと、思わないわけではない。
寧ろいつでも触れたいと思っているから、取り立てて急ぎ触れようとはしないだけで。
あいつの方から、見かけや表向きの性格からは不似合いなほどさり気なく触れられることはよくあることだった。
けれど、それでも自分から近付くことはしなかった。
だからそれは本当に、自分でも何故そうしたのか分からない。
松本が書類を処理している姿を、日番谷はその処理し終わった書類の確認をしながら、ぼんやりとした様子で眺めていた。さらさらと髪が伏せた目元にかかり、同色の睫毛が頬に影を落としている。もとは明るい金茶色のそれは日に透けて赤く輝くようで。
その目に掛かる長い前髪が風に吹かれて揺れたのに、惹かれるように手を伸ばす。
すっ、と何とはなしにその一房を持ち上げると、驚いたように目を瞠った松本の瞳と、まともに視線がぶつかった。
座って仕事をしている彼女の目線は、自分のそれよりも下から見上げて来て、その体勢と何時になく無防備な瞳に、心臓が跳ね上がった気がする。
目で見ているよりも、実際に触れた細く柔らかなくせの強い髪の感触が、指をくすぐって。
「邪魔にならないか? 髪」
平静を装って静かに訊ねると、松本は「ああ」と得心がいったように微笑んだ。
「大丈夫ですよ、そんなにすだれになっている訳じゃないですし……」
言い差す彼女の髪を、かきあげて耳にかけてやる。普段は髪に隠されている柔らかな耳たぶに指先が触れた時、思わずその首筋を引き寄せていた。
そのまま無意識のうちに、彼女の唇に己がそれを重ねる。かすめるように触れて、その感触にはっとすぐに離れた。
お互いに目を見開いて、見つめあう。
「……どうしたんですか」
松本が瞠目したまま、唇を押さえた。態度は普段と変わらない。ただ……ほんの少し、何とか分かる程度に頬が赤い。それを視認して、日番谷は口元を緩めた。
自分よりもずっと年上で、きっと色々な経験をしていて、自分よりも我慢することに慣れてしまった女。その彼女がこういう表情を見せてくれることが、嬉しい。
せめて自分と触れ合うことだけは慣れてしまわずに、ずっと、ずっと、続いていくことが出来たら。
そしてやはり今日も、変わったことはあったけれど、十番隊は平和なのである。