6. For reasons best known to m'self "自分にしかわからない理由で"
(壬生屋兄&壬生屋未央)


「髪を切らないのかい?」
 優しい柔らかな口調と共に攣れるように一本ほど引かれる後ろ髪の感触が、壬生屋は嫌いではなかった。
 幼い頃から、壬生屋の髪を結うのは、兄の役目。
 流石にしっかりとはしていて自分とは造りが違うのだけれど、それでも男性とは思えぬ細い兄の指が、丁寧に、丁寧に自分の髪を梳るから、少しだけ与えられる痛みすら愛しいと思う。
 随分と伸びてしまった髪を、兄は毎朝不平も言わず、寧ろ好ましいとすら言って結ってくれた。
 壬生屋は髪を切らない。切り揃えることはあっても、印象が変わるほど短くは切ったりしない。だからある程度まで伸びてくると、常に彼女の髪は同じくらいの長さだった。
「……わたくしは水底に呑まれた木の葉なのです」
 少しだけ考えるような遠い視線のあと、壬生屋は鏡の中に映る、自分の後ろに立つ人を見た。
 兄が妹の返答に僅かに目を瞠るのを。
「……木の葉」
「はい」
 自我が生まれた時からだったのだろうか。……いつの頃からか、壬生屋はずっと心細さを感じていた。家族は居る。掛け替えのない愛情を貰った。それでも、心許なくて。
 遠い流離の果てに来てしまったような、不安な感情。
 分からなくて、分からないままに、だからこそより不安で、ふとした瞬間にそれを思うと堪らなかった。 そして、ある時庭の池をぼんやりと眺めていて、気付いたのだ。
 池の水に一度沈んでしまった木の葉と同じものをもう一度見つけ出すことは困難だと……そう思った時に自らも驚くほど心が震えたから。
 漠然と、幼い時分からこうすれば見つけてもらえると思っていた、その感情の理由が分かった。
 だから、切らない。
 切らないでいますから。軍規に逆らっても、このままでいますから。
 だから……だから、見つけて下さい。
 時の底へと沈もうとしているわたくしを、わたくしだと認めて、引き上げて下さい。
 わたくしは、ここに居ます。